いらっしゃいませ!|南三陸町の民宿 下道荘(したみちそう)
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2012年2月17日 待ちに待った日がやってきました 津波で大きな被害を受けた南三陸町 そのひとつ 民宿「下道荘(したみちそう)」 営業再開です きさくな女将、若女将、スタッフ 漁師で料理長の若旦那 そして店主が迎えてくれます |
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下道荘がある袖浜(そではま)海岸に昇る朝日 |
目の前に広がる南三陸の海 |
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自家製の新鮮な食材を使った 海の幸満載の手づくり料理 |
海の幸をふんだんに使った自慢の料理 |
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建築中の南三陸町の民宿 下道荘 |
店主(※)が語ってくれる 再建までの道のり 南三陸町の民宿 新生「下道荘」 営業再開します! ※店主は漁協・観光協会・部落で要職を歴任して来ており民宿再建はもちろん地域復興にも強い意欲をお持ちです。 |
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下道荘は、南三陸町の民宿です 常にお客様視点で営業してきました
・バスによる送迎 ・カラオケの導入 ・個室化
地域で一番最初に取り組みました |
被災前の下道荘
下道荘所有のバス |
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漁師も兼ねる下道荘。手にしているのは名物の真ダコ
豪華で安いと評判の料理 |
目の前に広がる海で その日に採れた新鮮な 旬の食材を使った こだわり料理
ホタテ、牡蠣、ワカメ、タコ、鮭、... 有機栽培した、野菜・米
お客様からよく言われました 「仙台なら食事だけで1万円する!」 |
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それが、あの日…
2011年3月11日 午後2時46分 マグニチュード9.0 恵みの海が牙をむきました 繰り返し発生した津波は 容赦なく 32年間積み重ねてきたものを 奪っていきました
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倒れた電柱に下道荘の看板 |
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下道荘は 津波により 30m流され 一階が潰れ 傾きました
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被災直後の下道荘、一階が完全に潰れた |
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取り出した2000枚を超える屋根の瓦 |
傾いた建物に入ると めまい・吐き気がします
エアコン 窓のサッシ 蛍光灯 屋根の瓦
使えそうなものは 何でも取り出しました |
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驚いたのは有田焼の皿 流されて散乱していましたが 割れるどころか 欠けてもいませんでした 一流とはこういうことだと感じました
濡れなかった布団は 避難所や介護施設に届けました
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欠けなかった有田焼の皿 |
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奇跡的に無事だった船
エンジンも無事 |
震災から数日後 あきらめていた船が 外見は無傷 エンジンをかけてみます
動いた!
時間が あっと言う間に過ぎていきました
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4月22日 民宿が撤去される日が来ました 結婚した年に 開業した民宿 あれから32年 ・・・
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撤去される下道荘
下道荘跡地 |
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跡地から見つかった予約台帳 |
建物が撤去された後 予約台帳が見つかりました。 泥だらけの台帳
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合宿で利用してくれていた 東北学院榴ヶ岡高校のみなさまが 義援金を届けてくれました
札幌の佐藤さん 山形の逸見さん 東北機工の田中さん 長府ボイラーの種村さん 復興応援団の根元さん 牡蠣ツアーの平野(旧姓遠藤)さん 造成にあたっては有限会社マルイチさん 伐採にあたっては森下林業の高嶋さん レスキューOB隊の渡辺さん ・・・ 多くの方々からご支援をいただきました。 |
お客様の名前が記入された台帳 |
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跡地から震災前は見えなかった海を臨む |
建物は無くなったけど 応援してくれるファン それが本当の財産
きっと再建する
そう誓いました |
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再建を決意するも 課題は山積み まずは土地 津波が来た場所に再建しても お客様は不安で ゆっくりすることができません |
下道荘跡 |
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造成前の土地の様子 |
高台に 海を一望できる竹藪が
持ち主を調べてみると 知らない人ではありません お願いに訪問 |
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「おめだぢはまだ若いんだから」 「部落の活性化のために頑張ってけろや」 そう言ってくれました 地域を盛り上げることで ご好意に報います |
造成途中の土地から海を望む |
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次に資金 建築費に加えて 竹を刈って 山肌を削って 造成する費用も必要 |
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奔走した結果 賄える目処が立ちました 総工費約7000万円 大半を地元に発注してます 9月4日 地鎮祭 造成開始 日中は瓦礫撤去 早朝と夕方を使って竹を刈りました |
工事の無事を祈る地鎮祭
竹藪(やぶ)を刈る若旦那
竹藪(やぶ)を刈る店主 |
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カレンダーの裏に手で書いた図面 |
そして建物の設計 パソコンも何もありません カレンダーの裏に書きました 何度も 何度も 書き直しました |
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民宿も自宅も頼んだ馴染みの親方 今は仮設住宅で暮らします 最初は 「道具が何もないから無理だ」 と言いました 重ねて頼んで清書してもらいました |
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棟梁が清書してくれた間取り図(一階)
棟梁が清書してくれた間取り図(二階) |
2階建て 総面積143坪 7部屋(10畳間5室、8畳間2室) 60人が入れる食堂 それが 新しい下道荘です |
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新しい場所から一望できる 南三陸の海 『再建はできる』 そう確信しました |
新下道荘から望む南三陸の海 |
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迷いと決意 青写真が明確になるにつれ 迷いが 生じました
ここは、みんなで盛り上げてきた地域 家を失った人、家族を失った人… |
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でも 「やる」
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交流人口が増えれば 地域の活性化につながる 自分達が再建に向かう姿を見て みんなが頑張ってくれるのではないか
迷いは消えました |
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被災地だから お客様は多くを求めないだろう 料理は品数を減らして… 価格を抑えて… そんな風に考えたこともあります 『復興応援の意味もあるから 料金は高めに設定してもいいのでは』 そんな助言をしてくれる人もいました |
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でも、それは「甘え」でした 営業を再開する以上は 全国の民宿と競争する覚悟でやります |
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料理は以前と同様 自家製の海産物を 仙台の一流料理店で修行した 若旦那がさばきます そして 自家製の 無農薬の野菜・コメを使って 女将、若女将が作る 郷土の味 召しあがってください |
自慢の料理。再建後も同等のものを用意
漁で獲れる秋鮭。メスからはイクラが |
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早朝の漁で獲れた秋鮭を手に笑顔の若旦那
南三陸志津川の名物「真ダコ」を手にする下道荘店主
14,000枚のホタテの耳吊り作業
有機栽培されているナス。白菜、ネギなども |
十一月 サケ漁を再開 十一月八日 真ダコ漁 十一月十一日 ホタテの耳吊り 畑の野菜も元気 |
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十一月下旬 上棟式 身内だけで粛々と行うつもりでしたが 口伝えで多くの人が 訪れてくれました
同業者の方々も 足を運んでくれました。
「頑張ってくれ」と
いろんな想いがこみ上げてきて 涙が止まりませんでした |
上棟式で振舞われる餅で盛り上がる部落の人々 |
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新生「下道荘」の間取り図(2階)
建築中の新生「下道荘」(2011年12月現在) |
新しい宿は7部屋 以前に比べると小さくなりました その代わり お客様お一人お一人と 深く接することができる
ホテルにはない家族的なおもてなし 南三陸町 下道荘でお待ちしております |
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